昭和21年10月

丸山市次郎が舞鶴資源活用協会を設立し、海洋気象台の誘致、引揚者、復員者、戦没者等に対する援助に尽くす。

昭和25年5月

日之出工業所を設立し、金属プレス加工業を始める。最初は市の中心部に工場を持ち、王冠キャップその他の容器の製造を開始した。

昭和30年4月

現ジャパンマリンユナイテッド(株)舞鶴事業所(当時飯野重工業(株)舞鶴造船所)に車両組立部品、船舶艤装部品を納入する。

昭和31年1月

河田産業(株)の主体事業であった回転蔟の組立用金属部品を納入しつつ苦心を重ねて、プレス加工を軌道に乗せる。

昭和40年9月

株式会社日之出工業所を資本金210万円を以って設立。その後、現日本電産テクノモータホールディングス(株)(当時(株)芝浦製作所)へ本格的電気部品納入を始める。

昭和42年6月

現在の場所に工場を移転して、設備の拡張と、従業員の技術の向上を目指し、積極的に物心両面の教育訓練を行う。

昭和42年9月

京都府及び通産省の資金援助を受け、設備の近代化、合理化を進め、技術革新には社長が陣頭に立って「特色のある工場」づくりを進める。

昭和57年12月

政府の構造改善事業の認定を受け設備の改善、環境改善、安全構造改善、組織開発等の改善に取りくむ。

平成12年5月

創立50周年

平成12年7月

労働基準局から局長賞を受賞。

平成14年11月

住廣 眞司 社長就任

平成15年10月

アルミスポット溶接機、精密万能試験機を導入する。

平成20年6月

NC形彫り放電加工機を導入する。

平成21年9月

ワイヤ放電加工機を導入する。

平成29年1月

立型マシニングセンタ OKK VM53Rを導入する。